田舎の農場育ちで華やかな芸能界を夢見た思春期を思い出しこの映画を見たが、懐かしかったのは自転車で町へ向かいまた帰っていく景色ぐらいだった。
現在問題となる出来事満載。
なぜこうなってしまうのか最後は悲しくなってしまった。
家族とは仲良く暮らしたい。

“シュールなサイコヒロイン、ミア•ロスの美しい舞台”
生まれながらなサイコパスがいるとしたら、正に彼女、Pearl(ミア•ロス)であろう。
アニメ、PSYCHO-PASSの世界に入ったら、彼女は間違いなく、幼い頃からPSYCHO-PASSが濁りきった潜在犯。殺しを何の感情も無く、ゴミ箱にゴミを捨てるようにやり切る、有能な執行官になるはずだ。
人間性のかけらもないサイコヒロインは、ミア•ゴスが作り上げた新たなアイドルだ。
1918年という時代背景とテキサスのど田舎という場面設定が、この笑ってしまうくらい鮮やかなPearl の殺戮劇の重要な要素になっている。
Pearlの武器は農器具と斧?。一振りでグサリ。アニメのように躊躇いなく葬っていく。
死体の処分役は、野生のアリゲーター。Pearlが名前を呼ぶと、血の臭いを嗅ぎつけて河岸に現れ、跡形もなく死体を平らげてくれる。この後頼もしい相棒のおかげで、Pearl は死体の処分に困ることはない。
殺人現場とは無縁そうな長閑な田園風景。
両親以外の2人の犠牲者、映写技師(デヴィット•コレンスウェット)とPearlの義理の、妹ミッツィ(エマ•ジェンキンス)は、そろって美男美女。
ミッドサマーでも観られた、残虐シーンを美しく魅せてしまうA24映画独特の、計算され尽くした映像美によって、殺害現場が美しいシーンに変わってしまう不思議。
しかし、本作の1番の見どころは、ラストシーンのPearlの不気味な笑顔だ。
最愛の夫が戦場から戻り、腐敗した両親の死体とウジのわいたブタを見られてしまった時の彼女の作り笑い。
エンドレスで続くこのシーンは、この先どうなるのか?
観客か予想する答えは、2つしかないだろう。
夫も殺してアリゲーターの餌にするか、または夫と一式に死ぬか。
彼女が後者を選ぶとは、どうしても思えない。
これから観るあなたはどう思うだろうか?
サイコヒロイン、ミア•ゴスは、続編さえ予想させる、シュールなラストシーンを魅せてくれた。

この感想にはネタバレが含まれています!
ネタバレフィルター解除田舎の農場育ちで華やかな芸能界を夢見た思春期を思い出しこの映画を見たが、懐かしかったのは自転車で町へ向かいまた帰っていく景色ぐらいだった。
現在問題となる出来事満載。
なぜこうなってしまうのか最後は悲しくなってしまった。
家族とは仲良く暮らしたい。
“シュールなサイコヒロイン、ミア•ロスの美しい舞台”
生まれながらなサイコパスがいるとしたら、正に彼女、Pearl(ミア•ロス)であろう。
アニメ、PSYCHO-PASSの世界に入ったら、彼女は間違いなく、幼い頃からPSYCHO-PASSが濁りきった潜在犯。殺しを何の感情も無く、ゴミ箱にゴミを捨てるようにやり切る、有能な執行官になるはずだ。
人間性のかけらもないサイコヒロインは、ミア•ゴスが作り上げた新たなアイドルだ。
1918年という時代背景とテキサスのど田舎という場面設定が、この笑ってしまうくらい鮮やかなPearl の殺戮劇の重要な要素になっている。
Pearlの武器は農器具と斧?。一振りでグサリ。アニメのように躊躇いなく葬っていく。
死体の処分役は、野生のアリゲーター。Pearlが名前を呼ぶと、血の臭いを嗅ぎつけて河岸に現れ、跡形もなく死体を平らげてくれる。この後頼もしい相棒のおかげで、Pearl は死体の処分に困ることはない。
殺人現場とは無縁そうな長閑な田園風景。
両親以外の2人の犠牲者、映写技師(デヴィット•コレンスウェット)とPearlの義理の、妹ミッツィ(エマ•ジェンキンス)は、そろって美男美女。
ミッドサマーでも観られた、残虐シーンを美しく魅せてしまうA24映画独特の、計算され尽くした映像美によって、殺害現場が美しいシーンに変わってしまう不思議。
しかし、本作の1番の見どころは、ラストシーンのPearlの不気味な笑顔だ。
最愛の夫が戦場から戻り、腐敗した両親の死体とウジのわいたブタを見られてしまった時の彼女の作り笑い。
エンドレスで続くこのシーンは、この先どうなるのか?
観客か予想する答えは、2つしかないだろう。
夫も殺してアリゲーターの餌にするか、または夫と一式に死ぬか。
彼女が後者を選ぶとは、どうしても思えない。
これから観るあなたはどう思うだろうか?
サイコヒロイン、ミア•ゴスは、続編さえ予想させる、シュールなラストシーンを魅せてくれた。
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ネタバレフィルター解除老人恐怖症の人を恐怖のどん底に落とした『X エックス』の前日譚。前作で都会から来た若者を殺しまくった殺人老婆パールの若かりし時代《1918年》を舞台に惨劇の序章を描く。
戦地におもむいた夫待ちながらテキサスの農場で両親と共に暮らすパール。彼女の夢は田舎を出て銀幕のスターになることなのだが意識がなく寝たきりの父の介護や家畜の世話、厳格な母の下で鬱屈した日々を送っている。
そんな彼女の唯一の楽しみは納屋でのミュージカルショー。家畜を観客に見立てて踊ること。
ある日のこと、町に出たパールは映画館で映写技師として働く人物に出合い、映画の世界への憧れをますますつのらせる。
ショーのオーディションがあると知って参加しようとするが、母は彼女の夢を否定し、罵倒する。
耐えられなくなったパールはついに――。
まさかあのキチガイ婆に鬼滅の鬼みたいな悲しい過去があったなんて……。
そして鬼滅の鬼ばりの救いようのなさ……。
『悪魔のいけにえ』的な前作から一変、音楽もクレジットも『オズの魔法使い』や『メリー・ポピンズ』的。
華やかな世界に見を置くことを切望するも、それとは間逆な暮らしを余儀なくされる。惨めな農場暮らしと家族の世話に縛りつけられる彼女の焦燥に胸を打たれ「距離の暴虐」という言葉を思い出した。
カナダのヌナブト州に人口100人くらいの小さな村がある。
住人は国から生活保護を受けていて、やたらと高い食材をスーパーで買っている。
不自由のない暮らしに見えるが、若いイヌイットが時おりノイローゼのようになって自殺するのが社会問題になっているという。
若者はインターネットやCNNで世界を知るものの、物理的にも経済的にも生涯そこから脱出できない閉塞感に絶望するそうだ。
ある学者はそれを「距離の暴虐」といったという。
私にはこの若者たちの気持ちがわかる気がする。
いや、わかる。
こちとら運も才能もコネも金もない、安い賃金でこき使われる万年ワーキングプアで女もよってこない、幸せになる要素なんてなにひとつない底辺労働者だ。
でも世の中にはそうでない連中もいる。
生まれつき金持ちだったり、才能や運に恵まれていたり、容姿に恵まれていたりして、なに不自由ない人生を送るやつらがいる。
政治家、企業役員、アナウンサー、芸能人、スポーツ選手――。
そんなやつらの存在をネットを通じて嫌でも知ってしまう。
そんなやつらが心底恨めしい、憎らしい、腹が立つ。
知らなければよかったのに。
知らなければよかったのにスマホという、もはや普通に暮らしていては避けられないツールを通して知ってしまう。
知識は必ずしも人を幸せにはしない。
「人生はワンテイクの映画、若いうちに行動しないとセカンドチャンスはおとずれない」
「何かを求めるのではなく持っている物を大事にしなさい」
含蓄のある言葉もパールを救いはしなかった。
環境にも能力にも恵まれない存在は鬱屈した人生を耐え忍ぶか、悪になるしかない。
『ジョーカー』を観たときと同じ想いを抱きました。
この作品を観てもただのホラーとしか感じられない人は幸せです。